大判例

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横浜地方裁判所 昭和42年(人)1号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕一、被拘束者が請求者と拘束者河村辰見との間に昭和四一年六月一七日出生した婚外子で、同月二九日午後七時頃拘束者らが神奈川県大和市にある三国産院からこれを連れ出し、その肩書住所で現に養育していること、拘束者両名は一〇年前から内縁の夫婦関係にあるものであることは拘束者らの認めるところである。

二、<証拠>によれば、請求者はその主張のとおり同年同月三〇日被拘束者を自己の子として出生届をしているのでその親権者であることが明らかであるのに対し、拘束者河村辰見はその認知をしていないので法律上父とはいえず、その監護養育につき父たる地位にもとづく権限をもつものでないことは断わるまでもない。

三、拘束者らは被拘束者の養育は請求者との合意にもとづき他家に養子にやろうとして始まつたものである、と主張するが、<証拠>によれば、請求者は被拘束者を懐妊中、拘束者河村がその出生を喜ばず、「薬を飲んでおろしてくれ」とか「手術をうけておろしてくれ」などというのでこれに従おうとしたこともあつたが、その目的を遂げないでいるうちに日を過し、臨月の前月にあたる昭和四一年六月一二日頃河村の委任をうけてきた拘束者小島と協議の結果、生れる子を他家に養子にやることとして人工分娩により出産を早めることを合意し、翌一四日前記産院に入院、医師の処置をうけて同一七日被拘束者を分娩したこと、被拘束者は出産予定日の七月二四日より一カ月以上早く生れた未熟児であつたので、医師はこれを産婆に託したが、同月二九日請求者は意を翻し、拘束者小島に電話をかけ「子供は自分で育てる。養子にやるため引取りに来ないでくれ」とその意向を明らかにし、なお産院の医師の妻にも、「子供は自分で育てることにするから、他人に渡さないようにしてくれ」と依頼しておいたにもかかわらず、同日夜七時頃拘束者両名が産院へきて被拘束者を連れ去り現在にいたつたことが認められ、この認定を左右できる疎明はない。

そうすると、請求者は一たん被拘束者を他に養子にやることに合意はしたが、その後これを撤回し、自らこれを養育する旨を申出ているのに、拘束者らは前の合意をたてにとり被拘束者をその支配下においたものであることが明らかで、右のような合意は身分に関するそれとしてその性質上請求者の一方的意思表示よりこれを有効に取消すことができるものと解するのが相当であるから、拘束者らの行為はその権限を欠き不法に被拘束者を拘束するものといわなければならない。

なお、以上認定したところによると、拘束者らが被拘束者を不法に拘束していることは、人身保護規則四条にいう、拘束がその権限なしになされていることが顕著な場合に該当すると認めることができる。

四、もつとも、<証拠>や本件審理の経過によれば、拘束者らによる被拘束者の養育は、その主張のような経済力を背景に目下順調に行われていることを窺われないではないが、拘束者河村が愛情をもつて育てたいと主張しながら今もつてこれを認知する行為に出ないのは、法律上の父としての責任負担を回避しようとするものであるとの非難を免れないところであつて右主張の真否を疑わしいし、請求者との婚姻を希望するといいつつ、今なお拘束者小島との内縁関係を継続していることからみれば誠意のある婚姻の申込とは到底認めることができず、請求者がこれを拒むのも当然と考えられる。それゆえ、拘束者らによる被拘束者の養育は請求者の親権を害する不法の拘束であるばかりか、確かな基礎をもたない不安定なもので、真にその幸福をもたらすものとはみられない。これに反し、<証拠>によれば、請求者は現在その姉の夫にあたる電気部品加工業黒河内守方に雇われ、月収約二万円を得てこれに同居しているので、被拘束者を引取つて養育するにもその資力があるし、守や姉の助けをうけることができ、なお美容師の資格を持つているので将来これによつても生計の途をたてられ、親としての義務を果すのに支障はない、と認められる。

五、以上いづれの点よりみるも拘束者らの抗弁は理由がなく、請求者の本件救済の請求は正当である。(森 文治 柳沢千昭 門田多喜子)

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